平成も 20 年夏、いまや東京の田舎、三多摩地区の中心になってしまった大都会?立川の自宅に戻っています。亜熱帯にありながら、高原都市のカトマンズは軽井沢のように涼しく爽やかですが、東京の夏はまるで熱帯です。暑さも雨も尋常ではありません。名流多摩川岸の我が家の蚊の多さに、悲鳴を上げています。暑さとともに蚊の勢いがましています。かゆい夏です。
外国に棲んで、この国に戻ってくると、戸惑うことがしばしばです。この今日の日本の現象を 「どう理解したらよいか」。理由を探せない犯罪や、走る電車に飛び込む自殺者の多さに驚かされます。直接・間接にかかわらず、自分を滅ぼそうとする若者がいかに多いかということです。
その理由のひとつに、バブル崩壊後の企業の生き残り策を初めとする急激な格差社会への移行、それによる社会の価値観の変化、それについて行けないことなどがあげられています。しかし、これは今始まったことではありません。先にも記しましたが、工業社会の形成とともに 「標準化」、「差別化」 や 「競争」 の原理は家庭のなかにまで入り込んでいます。そしてそれに反した負け組みは 「ニート」 や「引きこもり」という現象に現れています。
負け組みつまり落ちこぼれの典型、「ホームレス」 といわれる路上生活者はわが国では 5000 人。しかし、イギリスでは 25 万人といわれます。その多くは若年層で占められているとのことです。わが日本では家庭内の 「包容力」 が、イギリスに比してまだあると考えていいのでしょうか。油断はできません。
ニートや引きこもりの若者が、訳もない殺人や、自殺に走ると考えるのは 「早計」 と思いますが、急激な工業化に伴う諸々の 「社会機能」 の低下も原因していると思います。農業社会ではニートは当たり前のことでした。家所有の耕作地(農地)を家族の労働で維持してきました。そして、家長管理の収益分配を受けて、それ相応の生活が営めました。農業社会はニート社会といってもいいでしょう。その社会には強い 「包容力」 があったと考えられます。農業国(農業社会)ネパールには 「プロの路上生活者」 はおりますが、「負け組みホームレス」 は皆無です。
旧知の日本(農業を主とする社会)が滅び、新しい日本(工業を主とする社会)が創られて 63 年、そろそろこんな日本も 「定年」 の歳です。そちこちに疲れが見えてきています。戦後まもなく、新しい価値観の基で創られた社会の仕組が、さすがに半世紀も経つと思うように動いてくれないようになりました。家庭、学校、職場、医療現場等にそれが見えています。「工業社会の苛立ち」 ともいえそうです。
包容力は経済力といってもいいでしょう。しかし、それだけでは足りません。かつて、農業社会にあった、「思い遣り」 による 「許容」 が重要です。それが人が正しく生きるための安心と勇気を持たせてくれるからでしょう。繁栄する工業国のわが国を訪れたマザー・テレサは、われわれの社会のその欠如を 「無関心」 と表現していました。その 「無関心」 が若者を潰しているように思えてなりません。(8/19)
(☆飯屋のオヤジの「ひとりごと」です。学術的、理論的、倫理的、また確かな取材に基づいているとはいえません。単なる「たわごと」です)