5月 28 日午後 11 時 30 分、ネパール制憲議会の初議会で、賛成 560/反対 4 の賛成多数で、ネパール国が 「共和制」 を採ることが採択されました。と同時に国家元首としての 「大統領」、行政を担う 「首相」 を置くことも決めました。
大統領は 「非常事態宣言」 および 「国軍の統帥」 の大きな権限を有します (ネパール国民会議派らの大統領の位置づけ案)。つまり治安および国防の重責を大統領が負うことになります。これは、2 年前の国王下野まで続いた国王の権限と同じです。言い換えれば、国王に退いていただいて、 「大統領が国王」 になったといっても過言ではありません。
かつて、国王はこの両権限を利用して国会を解散させ、国王自らが政治を担当したことがありました。国王の父君マヘンドラ国王、そしてギャネンドラ国王ご本人と、ネパール現代史上 2 度の 「国王による政変」 をネパール国民は経験しています。それが内外の反発を受けることになって、今回の 「共和制宣言」 に至ったといっていいでしょう。それほどまでの大きな力を大統領が持つことになりました。
さて、先の制憲議会選挙の結果、勝てば官軍 「第一党 ( 220 議席)」 になった毛沢東主義派 (マオイスト) は当然のように 「大統領」 と 「首相」 の両座を狙っています。12 年間の国民に大きな困難を強いてきた 「銃口から政権」 取りの過激な活動の目的はそれでした。しかし、ご存じのとおり彼らの議席は 38% にすぎません。過半数には及びません。両座の獲得は極めて難しいことになっています。
反マオイスト連合も、両座を狙っています。これは容易に決着できることではありません。ネパール国民はこの派手な権力闘争の混乱の被害に慄くことになるでしょう。いま苦しんでいる 「電力不足」、「水不足」、「燃料不足」 などの生活インフラの整備の解決は先送りになるに違いありません。皮肉にもこれも国民が選んだ結果です。
ここにきて、アメリカの態度が突然変わりました。「共和制の選択を歓迎し、これからできるであろう民主政権を支援する用意がある」 というものです。アメリカおよびインドは 「権力の集中」 を極度に嫌っていました。その 「分散」 が 28 日の結果で確実になってきたからにほかありません。
制憲議会の第二日は 6 月 5 日です。水面下での駆け引きは?(5/30)
(☆飯屋のオヤジの「ひとりごと」です。学術的、理論的、倫理的、また確かな取材に基づいているとはいえません。単なる「たわごと」です)