060818

賠償責任の蒸し返し
 61 回目の 8月 15 日の敗戦記念日は小泉さんの靖国神社参拝で始まりました。公約だそうです。中国、韓国は駐在日本大使を呼びつけ外務大臣がそれに対して、口頭および文書で抗議がありました。公式であれ私的であれ、署名の肩書きがなんであれ、現職政府要人の参拝は「公式」とみなされます。

 「靖国神社」の内外での問題は、「戦争責任」の問題に尽きます。東京裁判で戦争責任を問われた戦犯が合祀されているからであることは周知のことです。お国のために命を捧げた(それを強制された?)兵士と戦犯(その死を指令・強制した者)が祀られているという矛盾があるからです。

 1972 年、わが国首相田中角栄と中国首相周恩来は、硬い信頼の握手で「国交回復」を果たしました。毛沢東や周恩来の中国共産党はもともと「抗日戦争」がら出発しました。彼等にとって、日本は「侵略国」でありました。その戦に勝ったからこそ、いまに大中国があるのです。戦後 27 年目の復興を終えた田中角栄の日本政府に戦争賠償をまったく要求しませんでした。「一部の軍国主義者の責任であって、日本国の国民には戦争責任はない。したがって賠償責任はない」(二元論)とする解釈です。日中戦争についていろいろ考え方はありますが、本土のわが国国民は中国軍(蒋介石軍および解放軍)による被害はまったくありません。その逆の日本軍による中国本土での被害は甚大だったといってもいいでしょう。

 周恩来の中国政府はその被害の賠償をいっさい放棄してくれました。それがあったからこそ田中首相は北京にまで出向けたのです。そして、彼等を前にして、対中国をはじめアジア外交を明確にしたからこそ、ベトナム戦争最中の中国ですが、日本のアジア外交を高く評価してくれました。70年安保を終え、列島改造を終えた田中角栄の次の大仕事はアジアを束ねる「アジアの日本」を創ろう(次の改造論)とすることでした。そのために、アジアのために、金を使おうとするものでした。アメリカはそれを嫌いました。そして失脚。

 時はすぎて、アジアのリーダーになったのは日本でなく中国です。いまや、アメリカに次ぐ経済大国は「中国」という経済評論家がいます。アジア諸国に対しても経済的かつ政治的に影響力を急激に大きくしています。わが国日本のアジア経済に対しての影響力は極めて大きいにもかかわらず、政治的影響力は中国には及ばないと観るのは、アジア諸国に居住する我々だけではないでしょう。日本の外交に強力なアジア戦略がなかったからにほかありません。中国をインドをどうしたいのでしょうか。

 中国政府および中国国民は、今でも「二元論」の立場です。日本国国民すなわち日本国政府には先の戦争責任はないとしています。日本の現首相の靖国神社参拝は「反二元論」とも考えられます。ならば、賠償責任の蒸し返しになってしまいます。これには中国は困るでしょう。
 田中角栄首相の「戦犯合祀」靖国神社参拝はなかったように記憶しています。先の天皇陛下も止めました。現陛下も無言の「二元論」の立場と思っています。(8/18)

(☆ 飯屋のオヤジの「ひとりごと」です。学術的、理論的、倫理的、また確かな取材に基づいてiいるとはいえません。単なる「たわごと」です)