060208

国王の勝利 ?
 選挙の前日2月7日、大新聞「The Kathmandu Post」は大スクープ?を掲載しています。マオイストの党首プラチャンダ氏およびNo.2のバッタライ氏のインタビュー記事で、Talks possible with govt./ We want to stop bloodshed と、目を引く見出しを付けています。

 内容はマオイスト専門家のブログ「ネパールの今」(LINK参照)lを参考にしていただくとして、なぜ選挙の前日なのかを考えさせられました。彼らは「指名手配人」です。いわばネパールのオサマ・ビン・ラディンです。それを、ネパールのメジャーな「英字新聞」に写真入りで堂々登場させているのです。ネパールは、あえて言えば「国王の直接統治下」といっていいでしょう。すべてのメディアは検閲されています(そのために新聞は記事が削られてか、ページ数はこの1年極めて貧弱です)。国王自らご存知で、「国王の意図である」と考えるのがまっとうでしょう。

 この新聞記事によって、選挙が問題なく行われることが見通せるようになったことになります。なぜなら、「旧政党連合の選挙ボイコット」については、国民の脳裏から薄らいでいったといってよいでしょう。国民を悩ませ続けたマオイストが、可能であれ不可能であれ、国王政権と「話し合う用意がある」ことを、正式に党首が国民の前で明言したことになります。選挙を前にして、精神的に「緊張をほぐす効果」は大きかったと思われます。いままで、まったくなかったことです。選挙を進める側の国王政権にとって大きな援護射撃になったに違いありません。

 いま、マオイスト指令の全国規模のストライキが続けられています。2月 5日から11日までです。投票日はそのど真ん中 8日でした。つまり、この期間は「すべての国民は職務放棄せよ」ということです。国民すべてが「何もせず静かに反政府について考えよ」ということになるでしょう。車もなし、商店もクローズ、人通りも最少。軍・警察にとっては極めて市内の管理がしやすいことになります。当然旧政党主催の反政府・選挙ボイコットの「デモ」などできるわけがありません。ことほど左様にカトマンズ市内では「デモ皆無」で投票日を迎えました。1990年、前国王から民主化を勝ち取ったのは「市民を巻き込んだ大規模なデモ(暴動)」によるものでした。現国王は当然それだけを恐れていたに違いありません。国王政権にとって好ましい状況をマオイストが提供してくれたことになりました。

 もう一つ、選挙前に、これまでにない規模で、マオイストが地方都市やカトマンズ近郊で、軍・警察、役所を襲撃する事件(これはテロ行為ではありません。大戦争です。マオイストの兵力は2000人規模ですから)がありました。マオイストをアメリカも中国もインドも「テロリスト」と位置づけていました。以前から海外の批判の大きかった「軍・警察管理の選挙」をこれによって、セキュリティーを理由に正当化させてしまいました。大きな犠牲を伴いましたが、国王政権にとってきわめて好ましい状況を、これまたマオイストが提供してくれたことになりました。

 前国王から民主化を勝ち取った「政党連合」は、このラウンドでは上記によって完全に封じ込められてしまいました。この舞台裏の「シナリオ」があったかどうかはどうでもよいことです。ことごとく状況を有利に導いていった国王政権の「頭脳集団」の力に驚いています。偶然かもしれませんが、なんといわれようと不可能といわれた選挙を終了させました。そしてです。投票時間が終了するやいなや、マオイストは声明を出しました。「選挙妨害の目的を達成できたのでストライキは中止する」。(2/8)