060122

「民主主義」一愚考
 先日、7年前にネパールに日本語教師としておいでになり、およそ半年カトマンズに滞在され、現在はミャンマで活躍されている女性のお客さんの方から、メールをいただきました。今日のネパールを心配していただいてのことです。ネパールの民主化について、ことのほかお気遣いいただいておられました。以下にその「返信」として、こんな所に棲んでいる「飯屋の親爺」の愚考を述べさせていただきました。

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 ネパールの今日1月20日は朝の8時から夕6時まで外出禁止令が出されていました。年中無休の当店もこれでは営業できず、ゲートは閉めたままでした。こんなことはよくあることではありませんが、庶民は迷惑ながらも大きな力には従ってしまいます。ゆったりとした時間(時間の長さは物理的には同じなのですが)で生きていますから、1日ぐらい無駄になっても問題にならないのでしょう。ミャンマも同じではないでしょうか。

 ミャンマも難しい国です。あの周辺はまだ自由が少ない国ばかりです。自由といえば民主主義ですが、民主主義の基本は「平等」です。だから、民主主義を維持するのは至難なことなのです。「健康で文化的な生活を営む権利」を国民に平等に与えなければなりません。つまり「生存権の保障」です。思想、言論、・・・、いろいろな自由は当然ですが、まずは健康そして「楽しく生きるため」や「上手に仕事ができるため」の教育(文化的の意味)が大切です。いいかえれば、健康保険(できれば産油国のある国のように医療の無料化)、義務教育の徹底(同じくある産油国は大学まで無料)が先決です。そうだとすると、金持ち国は簡単に民主主義をやってのけられます。立派な民主主義でなくとも(自由が制限されていても)「健康で文化的な生存権」が保障されていれば、多くの国民は文句をいわないでしょう。

 乱暴ないいかたですが、残念ですがすべては「お金」です。国民に平等に「それ」を与えるには、大きなお金がかかります。実際の政治の現場では、民主主義を金で買うようなことなのかも知れません。だから、いまのネパールにおいては、とても困難なことと思うのです。金がないのに民主主義を先に得てしまった国の悲劇は、いくらでも観ることができます。東欧諸国、旧ソ連邦諸国、アフガニスタンもそうです。中国はそれをよく知っているかのようです。
 この国の「現王政」を積極的に支持しているのは、なんとその中国だけなのです。民主化を叫ぶ面々はもう見抜かれているのです。口先だけでは、中国は騙されません。かのケ小平さんはいいました。「白い猫であれ、黒い猫であれ、ネズミを捕る猫が善い猫だ」。

 民主主義の実践には莫大な金が必要です。その金がなくなるときが、わが日本にもアメリカにもくるかもしれません。国民が義務を果たさなくなったとき(税金、年金、保険料等を払えても払わないひとが増えてきています)、あの国はダメになるでしょう。民主主義ができなくなるかも知れません。今世紀中の話です。税金を払っても、払わなくてもいいという自由はないのです。

 そんな視点でミャンマをネパールを観てください。そして日本も。(1/22)