ネパール国王は2月1日、現地時間10時にテレビで演説して、非常事態宣言を発動し、閣僚を解任し、各政党指導者の逮捕もしくは自宅に軟禁して、言論統制を開始しました。電話およびインターネットを不通にしたのはいうまでもありません。放送・新聞もすべて検閲しています。国王の招集する新政府ができるまでは、軍管理といってよいでしょう。
1990年に前国王が民主化に移行して15年、完全に民主化に失敗したといえるかもしれません。1960年、トリブバン国王のはじめた政党政治を、現国王の父マヘンドラ国王が絶対王政に戻しました。そして15年前、再び民主化の運動が起こり、前国王ビレンドラ国王が政党政治に戻しましたが、その2度目の民主化も挫折にいたりました。
民主主義は正義です。しかし、それをやり遂げるのは極めて難しい一つの例をネパールが物語っていると思います。15年前の民主化以後、ネパールの政界は乱れに乱れ、ありとあらゆる政治と金にまつわるよからぬ事件が絶えることがありませんでした。金と権力が野に下ったといってもいいでしょう。1996年以後激しくなったマオイストの武装闘争もダメな政党政治を倒そうとするものでした。政党政治を信じる者は皆無といってよいでしょう。
民主主義の真理は「生存権」です。「なんびとも健康で文化的な生活を営む権利を有する」です。民主主義には日本型民主主義、ネパール型民主義はありません。民主主義は一つです。 アメリカは民主主義の旗頭を自認するとともに、今も民主主義のために戦っているといっています。
アメリカが民主化を促した国は第二次大戦後36カ国に及ぶそうです。しかし民主化の果たせた国は、わずか4カ国にすぎません。日本、西ドイツ、イタリア、韓国だそうです。韓国は長い間軍事政権が続いたことは周知のことです。これらの国はすべて、アメリカの占領下での民主化です。いいかえれば強要されたからできたとうがった言い方もできるでしょう。
上記の「生存権」を保障するのは国家です。これには金が掛かります。莫大な金がかかります。民主主義は金が掛かるのです。さあこれをどうするか。「段階的に少しずつ」になるでしょう。しかし、それまでの国民の忍耐も政党政治を信じられればこそのことです。それを信じられなくなったことがネパールの悲劇とも言えそうです。
国王を信じられるかいなかは、ネパール国民が決めることです。現国王の実力のほどはまだ未知数です。が、大方の国民は秩序を取り戻せること、政界人および役人の腐敗が抑制されることで、単純に歓迎しているといってもいいでしょう。
民主主義の方向から逆行したことは事実です。しかし、これも3年という期限付です。それを信じようとしているのが、今日のネパール国民の姿と思えます。いまのところ、カトマンズは静かです。きわめて平穏です。
|
|
|