イラクでまた残酷な事件がおきました。24歳の日本人が殺害されました。彼は個人一旅行者でした。
イラクには「退避勧告」が外務省から出されておりました。特別な国家的任務がない邦人は入国すべき国ではなかったはずです。4月のボランティアの事件で、その後のジャーナリストの事件で、その国民的合意はできていたと思うのですが。彼は十分承知だったと思います。
何ゆえに入国したかは、それほど意味がありません。問題は、国の警告を無視したことにあると思います。あえていうならば、小泉日本に対する挑戦に値します。それならそれで覚悟はあったでしょう。が、彼の脳裏にそんなことはまるでなかったと思います。
「国とは何なのでしょうか」。彼はそれがわからなかっただけです。ごく普通の若者と同じです。今から60年前だったら、こんなことはありえなかったことです。帝国日本は個人の前に国がありました。戦後、日本国を作ったアメリカは極度にそれを嫌いました。主権在民「民主憲法」をつくり、徹頭徹尾日本人の先の国家観を排除する教育を行いました。それがわれわれが戴いた民主教育でした。
明治維新後、東洋的天皇制を80年続けてきた多くの日本人には「主権在民」はわかり難いことでした。まして、占領軍の命令です。判断できずに右へ倣えでした。「国家とは」、「日本人とは」の教育はいっさいなされませんでした。ですから、そんな戦後の世界を走りぬいた民主教育第一期生のわれわれ爺様婆様が「国家とは」の問いになにも答えられないのです。その息子達娘達はなおさらです。まして、孫達は「国家の存在」すら意識の中にないのかも知れません。
4月のボランティア事件のとき、彼らの家族の発言からは「国家」の存在を推し量ることはできませんでした。是非はともかく、国会で可決された自衛隊派遣は国家のレベルの問題です。国家の尊厳も同時に語っていただいてもよかったのではないでしょうか。
それにしても、今回殺害された彼は旅行先から7ヶ月も家族に連絡をしなかったそうです。父親の言です。彼には「国家とは」に加えて「家族とは」も希薄だったと言えそうです。
そんな、若い個人旅行者がカトマンズの街を無目的に彷徨っているのを見かけます。つくづく、爺様婆様の罪深さを感じています。