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イラクでの出来事です。8月18日にネパール人12人が拉致され、そして8月31日全員殺害されました。痛ましいかつ残酷な事件でした。翌9月1日からのネパール国内の状況は詳しく報道されたのでご存知のことと思います。
ネパールは観光国ではありません。20万人のお客さんだけでは2000万人ともいわれるネパールの人たちは食べていかれません。自給自足の農業以外に産業は皆無です。一時、米をインドへ輸出していたことがありますが、逆にいまではインドから輸入しています。売る物がなければ買うことも出来ません。
しかし、ネパールには車もありますし、冷蔵庫、コンピュータ、ケイタイ電話も普及しています。すべて外国からの輸入品です。観光もダメ。自給自足もままならない。でも買うお金があったからこそあるのです。
第2次大戦中に、インドの一部およびビルマで日本軍はイギリス軍と激戦ののち大敗しました。ジャングル戦でした。イギリス軍の主流は傭兵グルカ兵でした。つまりネパール人の兵士でした。日本兵に劣らず勇猛果敢な兵士であったと語り継がれています。その伝統はいまでもつづいています。フォークランドでも、コソボでも、もちろんイラクでもイギリス軍の兵士として戦いました。インド軍にもネパール人の兵士はたくさんいます。カシミールにも配属されていると聞いています。つまり、文字どおり彼等が出稼ぎの先兵でした。
輸出するものがない国の外貨稼ぎは、労働力の輸出以外にありません。ネパールも例に漏れません。今日ではアラブ諸国アフガニスタン、マレーシア、南太平洋諸国、韓国等に出稼ぎに出ているひとは100万人を下らないといわれています。上は1000ドル下は150ドルの月収だそうです。普通は300ドルとも聞いています。
イラクで命を失った人たちは新聞によると700ドルでした。観光地モルジブでは多くても350ドルと聞いています。イラクに常駐するネパール人はおよそ1000人、輸送のような仕事でイラク国内を出入りしているひとは3万人ともいわれます。不幸な彼等は米軍基地で米兵のための食事をつくるコックとして働いていたそうです。危険なことは承知であったと考えられます。少しでも多くを仕送りしたい。いじらしさが仇になりました。
彼等の送金総額は10億ドルと聞いています。統計に載らない持ち帰りのドル、不法な送金がかなりあります。また外国に蓄えられる金額も大きいと聞いています。
観光光のお客さんが20万人、1人あたりネパール国内で3000ドル使っていただいても6億ドルです。ここには不正な使い方はないはずです。

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