040831

平和憲法
 「日本が国連の常任理事国になるには、憲法9条が邪魔になっている」。アメリカ首脳の発言でした。当然、我が国内の反発は烈しいものでした。9条は先の大戦という多くの犠牲と理不尽な歴史の評価にほかなりません。戦争の放棄は主義主張を超えた真理です。私達民主教育を受けたものにとってはこの上もない正義と信じてきました。はたしてそれは?
 
 太平洋戦争では両国とも多大な犠牲を余儀なくされました。アメリカは日本軍の原爆開発にわずかに先んじてようやく勝てたのです。日本軍の原爆開発はナチドイツの降伏直前にケープタウン沖でドイツ軍から計算式および設計図が譲られたときから始められました。そのときの秘話については、大先輩(物故)に伺ったことがありました。先輩はドイツ軍から原爆開発の極秘文書を受け取りに潜水艦でアフリカ沖にに出向きました。通訳兵としてです。確実に日本軍の手になり、開発を急いでいました。アメリカはそれを察知しており極度に焦りました。実験用の試作弾を広島、長崎で使うことになりました。

 アメリカにとって日本は信じられないほど理解できない恐ろしい存在でありました。ルーズベルト大統領は3ヶ月あれば日本に勝てると信じていました。しかしその結果は4年の年月を費やさざるを得ませんでした。総司令官マッカーサーは死ぬ思いを余儀なくされました。こんな国と2度と戦争したくない。そのためには戦争をさせないようにしよう。憲法9条は絶対しないという証文であり保証書であったわけです。アメリカが証文をつくりハンを押させたのです。9条は日本人のためでなく、アメリカのためだったのです。アメリカは自分の平和を護るため敗戦国の憲法に9条を作ったという論理です。日本国憲法はアメリカの平和を護るための「平和憲法」だったのです。

 旧西ドイツのように、日本人が憲法を自分で作ったとしたら、9条はあったでしょうか。ブッシュ大統領はしきりに「戦争とは平和を護るためにするのだ」というようなことをいっています。ご自分では放棄せず、相手にそれを求めることがいつの世でも戦勝国の権利だったようです。なぜなら自国の平和を護る最後の手段が戦争なのですから。イラクの戦争も同じ論理なのでしょうか。