この国ネパールには96種族棲んでいます。言語は102あるそうです。さすがに今日では、多くの種族は標準語のグルカ語を話します。若い人には種族の言語を知らない人達も多々みられます。日本でも方言(種族語といってもよいのかもしれませんが)を活用できないひとも増えてきているのとおなじです。なぜなら社会が使わないからでしょう。このように言語は駆逐されていくのが普通です。
ではなぜ、土着の縄文語と渡来の弥生語(侵略者の言語)を混ぜ合わせて、世界に類のない言語を生み出したのでしょうか。古事記は漢字(音)で書かれています。日本書紀も漢字。けれども下って源氏物語は(音訓混じり)ひらがなを多用しています。
この国ネパールの支配者の祖先は、インドのラジャスタンからこの国に入り込んできました。インドではイスラム教でした。この国は当時からヒンドゥ教徒の国でした。カトマンズ盆地にはネワール族(ヒンドゥ教徒)の国が3つもありました。彼等はヒンドゥ教徒をイスラム教に改宗させずに、自らが改宗したのだと考えられます。その方がことをすすめるのに楽だっただけです。侵略者がビシュヌー神の化身になりました。ヒンドゥ教徒には極めて説得力がありました。
侵略者達が縄文人(土着の日本人)が使っている訓を使い出した。けれども、文字がないので意味の同じ漢字をあてた。それが訓読となった。縄文語は駆逐されず、さらに文字(漢字)をいただいて、便利に多用されるようになったと考えたいのです。
五重塔はこのネパールが起源といわれます。それが中国さらに半島を経て日本に伝わるのですが、わが国のそれは、まったく独創的なものになっています。どこにもない構造・工法です。縄文人が育てあげたもので木造建築の粋です。侵略者達はそれを利用して、神殿、寺院をつくりました。
縄文文化はすばらしく円熟していました。それを利用しないはずはありません。前方後円墳は日本のオリジナルです。半島、大陸にもありません。たぶん縄文人の王の墓だと思うのです。