|
この国ネパールを理解しようとすればするほど、わが日本のありようが気にかかります。今も国家(国と家の文字を連ねている)とは、国民とは、その辺の教育がありません。われわれ戦後教育(新制教育あるいは民主教育)で育ちましたが、あれはなんだったのでしょうか。明らかに非日本化教育あるいはアメリカ化教育であったように思えます。あれから60年、日本(いったい何が日本なのでしょうか)を取り戻すよりも、アメリカになってしまった方がより早いような状況にあります。
もしも今、日本をとりもどそうとするならば、具体的に何をしなければならないのでしょうか。たとえばアメリカ人を日本人にするには、どうするのか。彼等に何を教えていかなければならないのか。それと同じことをしなければならないでしょう。
こんなところにいると、ややもすると右翼の精神を善しとするようなことになってしまうのは、私だけではありません。といっても、天皇制、武士道、日の丸、君が代がどうしてもほしいというわけではありません。奈良、平安、鎌倉、室町、戦国、徳川、明治、大正、昭和、戦前、戦後のいろいろな日本があります。ですが、もっともっと以前を辿ることによって、日本とはなんだったのか、探ることも大切と思うのですが。河口慧海が「チベットなら仏典の原本があるかも知れない」と探し求めたように、日本にまで繋がっている照葉樹林文化の発祥の地(このヒマラヤの山麓)に日本の原本を探してみたいと思っています。「日本人に日本が足りない」はブラックユーモアではなく、本音かもしれません。
|