040809

ネパールと日本
  このネパールは自給自足の農業国です。自給自足なので1年の3分の1働けばいいのです。なぜなら米の生育はおよそ100日、穀物は皆そうです。野菜類はもっと短いようです。残りの3分の1はお祭りに使う。もう3分の1はすることがないのでボーとしている。カトマンズの街角でボーとしている青年たちが群れていますが、あの人達は仕事がない失業者ではありません。100日働いてきたか、これから100日働くかのいずれなのです。農民は税金を払わなくともよいのです。自分の食い扶持は自分で作る。教育、医療、仕事(わが国では国の最重要な仕事ですが)は自分達でする。つまり国ではなくファミリーの仕事なのです。何でも種族とファミリーに依存しています。国にはほとんど依存していないといっても過言ではありません。

 さて、わが国のような高度工業社会では、とくに今日ではお祭りもできなければ、ボーとしてもいられません。1年間働き尽くめです。つかれて、ボーとしていると白い目で睨まれます。1年間働いても収入は3分1しかありません。残りの3分の1は企業の利益、もう3分の1は年金保険を含めた税金です。だから世界最大の経済大国の日本人の多くは共稼ぎしなければなりません。だけど、その過分な税金のおかげで、高度工業社会のひとびとは国の制度で生きていけるようになっています。病気になれば健康保険、失業すればハローワーク、勉強したければ自分でできる。もうファミリーはいりません。親もいりません。家族にはほとんど依存していないといっても過言ではありません。

 まずしい農業国のネパールと世界最高の工業国の日本のどちらがいいということではありません。ただ、あまりにも家族を軽視した、発言がわが国の政治や行政、教育の場で聞こえてくるのが心配です。

 20世紀のキリスト、あの故マザーテレサは日本に2度訪れました。「この国は本当に凄い国です。だけど、こんな淋しいくには観たことはありません。なぜなら、どこの家庭にも淋しい人がいますね」。失望してインドへもどりました。

 あの世界最高の工業社会は、ますます共稼ぎを奨励しています。そのために、どんなことが起こっているのでしょうか。

 家に帰るということは家庭に帰ることです。帰る家はあっても帰る家庭がなければ、保育所は幼児の収容所にすぎません。