050628

学ぶことばかりのネパール
 帰国した日本は、雨のない梅雨でうんざりする暑い日々がつづいていました。ネパールではお世話になりました。美味しいロキシーまでお土産にいただき、ありがとうございました。  

 カトマンドゥでは、人間はもちろん、鳥たちや生き物すべてがなにも恐れず、死すことすら忘れて、皆元気で生きていました。日本では「忘れさられてしまったもの」が確かにそこにあります。「安全な生」という、そんなことはあり得ないはずなのに。 学ぶことばかりのネパールでした。  

 なぜに私がネパールにでかけているかですが、生きているように天に聳え立つ樹木に大車輪を付けた「山車の祭り」を一部始終観たかったことに他ありません。それは「どのように始まるのか」、「どう立ち上がるのか」、そして『祭り』つまり『芸術の始原』がその辺にあるのではないかということの真偽を確かめたかったからです。これは、私の芸術に対する課題でもあります。  

 一本のイチョウの樹木を365日間、365枚の写真を撮ることに始まり(1978〜79年)、次に名も知れぬオランダの田舎の「花馬の祭り」(2000年)を撮りました。そして次にネパールの早朝に「マチェンドラの祭り」の山車と集まる人々を撮りました(2002〜05年)。どれも毎日の「定点観測」によるもので、国や環境は違っても一本の線で繋がっています。 「芸術とは祭り」であり、「祭りは原点」であり、「原点とは、そこから、ゼロから立ち上げること」であります。見掛けが違っても本質はかわりません。  

 日本はいま、あたかも『退廃途上国』のようです。それは、まるで30年前に自由即興演奏をすると「止めなさい!」と「物言わせずに静止」させる人がいた頃の日本の状況を思い出さざるをえません。  

 私は、ネパールでは完全にアウトサイダーかもしれませんが、上記に徹底しようと思っています。そして、いつの日か必ずわが国の社会の方が変わっていくであろうことを信じています。 (多田正美)