「ロイヤル華ガーデン」に入るのには、ちょっと勇気が必要でした。躊躇しながら扉を開けました。しかし、それからはすばらしい人達との出会いと、ドラマが生まれていったのです。
2003年秋のことでした。カトマンズに着いた途端に高熱を出しドクターストップがかかり、ヒマラヤの懐で登山靴を履くことはなく、カトマンズに取り残されてしまいました。熱は医者のくれた薬で、すぐに下がりましたが、知らない異国でただ一人、不安と後悔に自分の不運を嘆いて街をぶらついていました。
日本食の看板が目に入りましたが、林のように樹が生い茂った怪しげな雰囲気の構えと独りであったことも手伝って、それなりの勇気が要りました。反して、森の中の明るい空間とオーナーの気さくさとお客に媚びず親しみやすい接客にすっかり安堵して、それから毎日通うことになりました。
ある日、オーナーの山岳部の後輩ご夫婦を紹介いただき、ともに街に出て土産の買い物、お茶を飲んだり、短いながらも楽しい日々がつづきました。その奥方とは、1998年にエベレスト街道のトレッキングをご一緒したことがわかり、互いに気づかなかったことにあきれながらも、そのトレッキングの想い出話しに花が咲き、時間をわすれて、楽しいひとときを過ごしました。「華の庭先」の片隅のテーブルでのことでした。
その翌年、先の不調で登れなかった山に再挑戦するため、カトマンズにやってきました。当然「華」を訪れたのはいうまでもありません。すると、先の奥方もトレッキングのためにおいでになるご予定を知りました。ひょっとすると、お会いできるかもしれないと期待したのですが、わずかな日数の違いですれ違いでした。オーナーからのメールで知りました。
あの日あのとき、このオアシスの扉を開ける勇気がなかったら、きっと二度とネパールにくることはなかったと思います。そして、病気になってしまったことを苦々しく思い起こすでしょう。しかし、病気になったことによって、すばらしい方々にめぐり合ったことを感謝しています。だから、また今年も来てしまいました。
最初の年に、カトマンズの私のオアシス「華の庭先」あの隅のテーブルに、飲みかけの「紅茶」を残してきてしまったのをはっきり憶えているのです。(中村靖弘)