080215

電気がきた!息子を学校に行かせられる

 アカリの灯ったチャチャルーンの村で、私は「右足のない男」に出会いました。

 彼は、5 年前にガンで右足を失いました。自給自足のネパール山間部の村では、それは 「仕事が出来ない」=「生きていけない」 を意味します。

 彼は 「背負い籠」 「竹のムシロ」 を作ることで、何とか生計をつないできました。しかし片足のない彼にとって、その仕事ですら 1 人で出来ないことがあります。山に入って材料の竹の採取は人を雇わなければなりません。それらの作業を手伝ったのが、彼のまだ幼い息子でした。昼の明るいうちしか作業が出来ない村では、当然、学校へは通えません。彼(父親)も子供時代に学校に通うことが出来ず、今でも読み書きや計算が出来ません。彼(父親)はその不便さや悔しさを、息子にさせてしまうことがたまらなかったそうです。

 その彼(父親)が 「電気が来て、夜も仕事が出来るようになった。昼に息子が手伝ってくれていた仕事は、私が夜にすればいい。これで、ようやく息子を学校へ行かせることが出来る。それがなによりも嬉しい」 そう何度も何度も私に話してくれました。

 学校に行かずに仕事をしている子供を、この村だけでなくネパール山間部ではよく見かけます。「学校がないから」ではなく、「子供は労働力」 そう私は理解していました。しかし、そうではなく、全ての仕事を昼間にこなすためには、子供に手伝ってもらうしか方法がなかったのです。

 「字が読めない」、「かんたんな計算が出来ない」、その苦労や悔しさを一番知っているのは、学校に行くことが出来なかった親達自身で、『けして子供を 「労働力」 と考えているわけではない』。片足のない男は、そう私に気づかせてくれました。(中江智映さん)