ロストポジション

自分の現在地を見失う、単純に言えば迷子になるということ。コワイこと。

1970年代、結婚してまだ数年のころ、陸海空の制覇をめざして、航空機の操縦訓練を受けていた。調布飛行場を離陸して、北関東の練習空域に向かって飛んでいるとき、となりに坐っていた自衛隊あがりのこわい教官が、現在地はどこか、と臼問してきた。地上を見下ろすと関東平野はどこも同じに見える。川が流れている。道路と鉄道が交差したところに小さな町が見える。田畑がひろがり、黒い鎮守の森がみえる。町の名前を知る手がかりはなにもい。ややあてずっぽに「○○かな?」と答えると、たちまちカミナリがおちた。「かな?」とは何だ!そんなことでは空は飛べない。現在地を特定できなければ、帰るべき基地に戻れない。コンパスコースで方位をとりながら飛んでいても、風に流される。さらに折り返し点の位置が不正確だと、コパスコースの逆を飛んでも基地には戻れないのが理屈だ。

当日、練習していた機体は単発の小型機で、有視界飛行という航法で飛ぶ。GPSのような計器はなく、マグネットコンパスだけという機体であるから、自分の目でまわりをしっかり見て、膝に固定した航空地図で照合しながら自分の現在地を確認しつつ飛ぶのである。地上の煙の流れる方向も偏流の修正に役立たせる。

広い関東空域でロストポジションすると、調布飛行場は簡単には見つけだせない。探しているうちに燃料がなくなり、不時沼ということになってしまう。となりに教官がいなくて、自分ひとりで飛んでいるとき、ロストポジションしたら、と考えるとゾッとする。そのとさ敗宜が不時着するなら、と先を見越して言う。平らに見えている畑や田んぼはだめ、陸道の段差は空から見るより大きい、竹やぶを探せと、失速寸前の速度でねらいをつけ、直前にどさっと竹やぷに機体を落とすのだ、と教えられた。

空を飛ぷためには、操縦技術の習得はもちろんだが、ナビゲーション(航法)の感覚を身につけることは、さらにむずかしい。渡り烏のように、五感をはたらかせて自由に飛べるようになるまでの道は遠い、と思わせられた訓練飛行であった。