|
スキーは楽し |
||||
|
冬の晴れた寒い朝、北風にのって運ばれてくる雪のにおいをかぐ。上越国境に雪がきたのだ。私はこの季節が好きだ。さっそくエッジをみがいたリ、ワックスをぬったリ、スキーの手入れをはじめる。 80の半ばの歳になった今も、一月下句になると一人で車にスキーを積んで群馬県の鹿沢温泉・紅葉館に出かける。そして、地元の人と交流しながら一緒にスキーを楽しんでいる。 鹿沢の湯の丸スキー場は、国境稜線から遠いため風で運ばれてくる軽い雪で、気温も低く雪質は良い。さらに冬は天気の良い日が多い。紅葉館といえば、山の歌で有名な雪山讃歌の作詞をした場所として知られ、近くに歌碑がある。父の作詞といわれている。 3月になると家族全貝、4家族15人、孫7人で奥日光湯元ヘスキーに行くのが恒例になっている。そもそも、この家族スキーは子供の小さかった40年も前、新潟県の燕温泉の岩戸屋に通うのが通例になっていた。 幼いこどもたちを車にのせ‘夜中の3時に家を出て、まだ高速道路のない時代であったから、国道18号をひたすら走り赤倉に向かう。赤倉から燕温泉までは雪道をたどる難儀な行程であった。燕温泉は妙高山のふところ深くに位置し、学生時代からよく通った。 冬山も夏山もよく、とくに春スキーは絶好で、全山どこでも滑れた。 75年以上も前のこと、私が小学生の低学年のころに、この燕温泉のすこし下に位置する関温泉に父に連れてきてもらっている。リフトなど無い時代、新雪の斜面でテレマークなどの手はどきを受けたのが私のスキー人生のはじまリである。 スキーはそもそも雪山登山の道具ということで、乗鞍岳、唐松岳‘五竜岳などにも重荷を負って登リ‘滑った。また北海道のニセコアンヌブリ、チセヌプリ、大雪山の旭岳にも冬季スキーで登リ、深雪の中を雪にまみれて滑リ下った。 このように青春時代にはおおいにスキーを満喫したし、ケガもなく過こせたことは幸いであった。今は孫たちのコーチとして、その上達ぶりに目を細め、共に楽しく滑っている。そのお歳でよくスキーができますね、と言われることがあるが、スキーは、さほど体力はいらない。 地球の重力をうまく利用して滑るので、スキー板に乗ってちょっとしたきっかけを与えれば、スキーは自然と曲がってくれる。ただし傾斜のゆるい斜面でないとふんばりがきかないし、転んだら起き上がるのに苦労するから注意が必要である。幸いいまのところ転ばずに過こしている。 そして、これからも楽しく優雅に、スキーは統けていきたいと願っている。 |
||||